Shake the spirits 2
 




「やっぱりそこですか。むろん駄目です」
 風早の答は超絶そっけない。先日、千尋が柊の営む古書店に行った際の出来事により『千尋は柊のところにはもう行くな』という旨の駄目出しが風早から出されているのだ。レーズンをつまむ風早を横目に、柊はやれやれと首を振った。
「ああ、一片の慈悲もない言い草ですねえ。せっかく我が君が御自ら私に手料理をふるまってくださるお気持ちになったというのに」
「千尋から聞いてますよ。あなたのところで食事を作る約束をしたとか。何があなたの口に合うだろうかと千尋も一生懸命考えているようだ」
「それはうれしい知らせですね。あの方への愛しさもさらに増そうというもの」
 料理技能の向上のためには第三者の意見も聞く機会を持つべきだという柊に押されたかたちで、千尋は彼に食事を作る約束をしていた。もっとも千尋にしてみれば、柊にどうにもうまく乗せられた気がしてならなかったのだが。
「風早、君の作るものは美味ですし、私への差し入れには日ごろより大変感謝しています。が、あの愛らしい御手が、私だけのために食膳を調えてくださるという妙なる喜びを味わいたいというこの気持ちをぜひとも汲んでほしいのですが」
「何を今さら。自業自得でしょう。千尋に何をしようとしてたんです? 無理やり……」
「まさか。姫に無理強いなどするものですか」
「似たようなものじゃないですか、正常な状況下での互いの合意がない以上は。無防備な千尋の心につけこんで、いいように誘導しようとしてたんじゃないですか?」
 愛娘と相手の男のラブシーン寸前でストップをかけた父親そのものの厳しい口調である。確かに風早と那岐が柊の張った結界を破って入ってこなければ、もしかしたら……。柊は肩をすくめた。
「あの時はあまりに我が君が愛らしく、いとけなく思えたので、つい、ね……。それは私も少々流されていたのは認めましょう。でも私は姫が望まないことは何ひとつするつもりはありませんし、悲しませるつもりもありません。
 君は言っていましたね。私が行動を改めない限り、もう二度と姫を我が家には来させないと。ですのであれから私もいろいろと省みて、姫への接し方を改めることとしたのです」
「あなたの口から出る言葉のどれひとつとして、素直に信じることは難しいですね」
「こうして君の許可を得ようとしていること自体、私の誠意の表れだと思ってほしいのですが。まるで、愛しい女性との外出の許しを何とかして彼女の父親からもらおうとしている若者のようだと思いませんか?」
 殊勝な物言いではあったが、風早は憮然とした表情を崩さなかった。
「この件について俺の許可が必要なのは当然でしょう。あなたの言うとおり千尋はこちらではまだ未成年で、俺は千尋の保護者なんですから。特にあなたが関係することなら、どれほど気をつけても気をつけすぎることはなさそうだ」
 とりつくしまのない様子に柊は吐息をついた。       
「そうやって胸を張れる君がうらやましいですよ。幼い頃からずっと我が君を見守り育て、君と姫の間には揺ぎない信頼が存在している。そして公けにも姫を守る立場を認められているのですからね。
 それに比べて私は周囲からは裏切り者と呼ばれ、姫には再会の当初からうさんくさげな視線を向けられ……。君とのような確固たる絆もなく、君からは姫の手料理ひとつ味わうことすら許してもらえない。おお、何と哀れなこの身か」
「何言ってるんですか。こちらにやって来た時のあなたがどれほど危険で強引で印象最悪で、そのあともどんなに適当で面倒くさがりで、いかがわしくてわけのわからないことばかり言っていても千尋はあなたを信用してきたじゃないですか」
「ひどい言われようですね」
 柊が苦笑する。
「でも確かに姫は私を過分なほどに信頼してくれましたし、私も姫の信頼にもとるような行為はしてはこなかった」
 つぶやき、彼は手の中のグラスを揺らした。琥珀がかったソーダの小さな泡が無数にはじけては消えていく。それを飲みきり彼は新たなものを頼んだ。オーダーを受けて、ドライジンとリキュールを入れたシェーカーを店主がなめらかな動作で振り始める。
「私が我が君に捧げる忠誠は永劫変わりはしません。今までも、これからも、どのような星のもとにあろうとも……。姫が澄んだ瞳に愛しさをこめて見上げる相手がこの身であってもなくても、ずっと私はそうしてきたのだし」
 かすかに風早の表情が動く。カウンターに音もなく置かれた美しいすみれ色のショートドリンクを柊は手元に引き寄せた。きりっと冷たく香り高いカクテルを一口味わうと、感嘆のしるしに店主に向けてグラスを少しばかり掲げて見せる。カウンターの向こう端で店主がわずかに頭を下げた。
 柊は風早に向き直ると、ほのかな笑みを浮かべて問うた。
「訊いてもいいですか、風早? 今はいったい何回目の螺旋なんでしょう。そして、あと何回世界は生まれ変わるのでしょうね?」





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